日本コカ・コーラの守山工場で見た!全世界共通のおいしさを守り続ける“人”と“仕組み”の秘密
日本のコカ・コーラシステム(*1)が販売する製品の、“原液”を製造している工場が滋賀県守山市にある。その守山工場では、「コカ・コーラ」をはじめ、新製品・定番製品を含め膨大な製品の原液を製造し、全国のボトリング工場に届けている。あらゆる日本コカ・コーラの製品は、ここを原点として生まれているというわけだ。果たして日頃私たちが手にする製品は、どのような行程を経て誕生しているのか? そして、原液の製造・品質管理の現場ではどのような人々がどんな思いを持って働いているのか? 工場長をはじめとする工場で働くスタッフの話を聞きながら、製品の安心・安全を守り続けている守山工場の素顔を探った。
*1 コカ・コーラシステム……日本のコカ・コーラシステムは、原液の供給と、製品の企画開発・マーケティングを担う日本コカ・コーラと、製品の製造・販売を担うボトラー社や関連会社などで構成される。日本コカ・コーラは、ザ コカ・コーラ カンパニー(本社:米国ジョージア州アトランタ)の日本法人。
文=山田清機
写真=村上悦子
■地元の人も知らない!? 日本コカ・コーラの守山工場
JR東海道線守山駅から車で約5分、日本コカ・コーラの守山工場は、琵琶湖の南湖に近い、周囲を水田に囲まれたのどかな田園風景の中にある。工場の正門に立ってまず気がつくのは、コカ・コーラ社のシンボルカラーである赤が建屋のどこにも使われていないことである。門柱にある工場の“表札”も幅50センチほどの黒っぽい金属製で、ごく地味なものだ。
工場建屋の外観は白で統一されており、地元の人でさえ、ここが日本コカ・コーラの工場であることを知らない人が多いという。
守山工場の外観
守山工場の従業員数は約120名。茶葉やコーヒー豆といった農産物原料以外を由来とする原液はすべてこの工場で製造しているそうだ。日本コカ・コーラは1年間に約150種類もの新製品を発売し、パッケージのバリエーションも含めれば常時約800種類もの製品を販売している。この多様な製品を生み出すための原液は、千数百種類にのぼる。
工場の外回りを見学しているうち、気になる建物が目に入った。原液を製造する大きな建屋の外に、別棟の建屋があって、何やら工事が行われているのだ。「これは排水処理室で、いま増強工事を行なっているところです」と、案内役を努めてくれた総務の柴原世紀が教えてくれた。
「この工場ではたくさんの水を使いますが、そのすべてを『KORE(コア)』の基準に則って処理しています。琵琶湖がある滋賀県は工場排水に要求される水質基準がとても厳しいのですが、守山工場はそれよりもさらに厳しい基準を設けて排水の処理を行っています」
排水処理室
KOREとはCoca‑Cola Operating Requirementsの通称だ。ザ コカ・コーラ カンパニー(米国)が独自に作成している全世界共通の品質管理システムで、守山工場だけでなく日本全国に点在するボトリング工場も、すべてこのKOREに則った品質管理を行っている。
KOREが存在することによって、世界中で同じ味の「コカ・コーラ」が飲めるわけだが、KOREが要求している品質管理のレベルは極めて高く、国際規格であるISO(国際標準化機構)の監査員も舌を巻くほどの厳格さだという。
■原液工場だからこそ、人を大切にし、人の教育を大切にする
工場の内部は、いったいどうなっているのだろうか。内部の案内は工場長の梶原隆雄にバトンタッチし、見学を続けた。
「工場というと、皆さん、コンベアが設置されている製造ラインの様子を思い浮かべると思いますが、守山工場の内部はむしろキッチンに近いですね。あるいは学校の給食センターのような感じでしょうか。大きな釜で一つひとつの原液をつくっていくイメージです」
CPS Japan ゼネラルマネジャー / 工場長 梶原隆雄
気になるのはやはり、「コカ・コーラ」の原液のつくり方だ。「コカ・コーラ」のレシピは世界で数人しか知らないと言われているが、この工場ではいったいどうやって原液をつくっているのだろう?
「『コカ・コーラ』の原液は特別な部屋で製造しており、その部屋には『コカ・コーラ』の原液をつくる社員しか入室することができません。しかも、原液製造にたずさわっている社員も、いくつもの行程に分かれたうちの一部分を担当することになるので、レシピそのものは知らないのです」
「コカ・コーラ」のレシピは、日本唯一の原液工場の社員ですら知ることができない、まさに門外不出の最重要機密事項であるわけだ。
出荷ヤードでは、ちょうど大型トラックに製品が積み込まれている最中だった
「コカ・コーラ」の原液づくりは、守山工場の製造現場を知り尽くしたベテランが担当しており、製造部門の社員の多くが「一度はつくってみたい」と希望するそうだ。
「でも、本人が『つくりたい』と希望したからといって、おいそれと担当に指名できるものではありません。守山工場は流れ作業の工場とは違い、担当する人の正確性がとても大切な職場です。だからこそ人を大切にし、人の教育を大切にしている工場なのです」
■味の最終チェックは人間の「感覚」が頼り
人を大切にし、人の教育を大切にしている工場――。梶原のその言葉の意味を実感できるのが、QSE(Quality Safety Environment)のラボにある官能検査室だ。検査の担当者が言う。
「官能検査室では守山工場から出荷する原液の外観、におい、味わいやのどごしなどを、パネリストが実際に口に含んでチェックしています。少しでも違和感があれば、すぐさま製造工程にフィードバックして原因を究明してもらいます」
官能検査を行うブースは6つ。官能検査を行うのはパネリストの資格を持つ従業員たちだが、彼らにも原液の種類によって得手不得手があるというから面白い。
「ラボの中には分析機器がたくさんありますが、原液の最終的なチェックは人間にしかできません。官能検査もKOREに基づいて行われ、一つの製品について4人のパネリストが検査をしますが、ある製品の検査は得意でも別の製品ではうまくできないという人もいますし、その日の体調によっても結果に影響が出ますから、それらを考慮してパネリストを選択しています」
守山工場は、マニュアルを重視した極めてシステマティックな工場でありながら、同時に現場では、人間の研ぎ澄まされた感覚や直感も要求されるのである。ちなみに大学で生物工学を専攻したこの担当者は、原料に微生物の混入や増殖が起きていないかを調べる担当者でもある。
「理化学検査や微生物検査の検定を受けるために中国やアイルランドへ出張したこともあります。微生物検査のトレーニングは、世界中にある原液工場の間で相互にやっているので、海外に行くチャンスが多い仕事でもありますね」
案内してくれた検査担当者の女性には、子供が二人いるという。子育てと仕事をどのように両立させているのだろうか。
「産休、育休を2回取得し、復帰当時は時短勤務をしていました。私が仕事に合わせるのではなく、職場が私の子育てのペースに合わせてくれました。『コカ・コーラ』をはじめとする数々の大きなブランドの品質管理に携わることはとても責任の重いことですが、私が品質を保証した製品が日本全国に流通していることは、大きな誇りでもありますね」
■品質とは、水や空気のようなもの
飲料メーカーにとって品質管理が重要であることは想像のつくことだが、品質管理に関して、原液を製造する工場ならではの特別な事情はあるだろうか。守山工場の品質・労働安全・環境を司るQSEのトップに話を聞いた。
QSE マネジャー
「まず、私たちにとってKOREはバイブルのようなものですから、QSEでは受け入れた原料の分析から出荷する原液の官能検査まで、すべてKOREの指示通りに行っています。守山工場で製造された55ガロンのドラム缶1本の原液からは、最終的に大量の製品が生まれるわけです。言い換えれば、1本の原液の品質が及ぼす影響の範囲は計り知れないくらい大きい。だからこそ、1本1本の原液を慎重に扱わなくてはならないのです」
原液にトラブルが生じれば、希釈の倍率と同じ倍率で問題が拡大すると言ってもいいだろう。では、責任の重さに見合ったやりがいはあるのだろうか。彼の表情が、ちょっぴり緩んだ。
「実は私、守山工場に来る前は東京の本社でマーケティング本部に所属していたのです……」
マーケティング本部とは、新製品の企画開発を担うセクションである。花形職場の一つだろう。
「地元である滋賀県に戻りたかったことと、自分に製品開発のセンスがなかったこともありました(笑)。また、製品開発のより根本に近い部分にたずさわりたいという思いもあって、守山工場への異動を希望したわけですが、この職場へ来てみて、原液が果たしている役割の大きさに身が引き締まる思いがしました」
品質とは水や空気と同じようなものだと、QSE マネジャーは言う。
「水や空気って、普段は『ある』ということを意識しませんよね。でも、なくなってしまったら、そのとたんに生きていけなくなる。品質も同じで、品質が保たれていることを普段は意識しませんが、ひとたび品質面で事故が起きたら、ブランドはたちまち信頼を失ってしまいます。QSEは『事故がなくて当たり前、事故が起きたら怒られる』という職場ですが、その“当たり前”に貢献したいと思って、日々仕事をしているのです」
衛生的な飲料水の確保が難しい国々では、水の代わりに飲まれるという「コカ・コーラ」。世界共通の安全性と信頼性は、KOREの存在と、彼のような人たちの責任感によって支えられているのだ。
■日本コカ・コーラの“おいしい”を守る原液工場で働く誇り
取材当日の午後、琵琶湖マリオットホテルの体育館を借り切って「スポーツ・デー」というイベントが開催された。綱引き、大縄跳び、借り物競争など、全部で6種目。企業の運動会がすっかり下火になった現代に珍しい試みだが、発案者は工場長の梶原だという。
「チームビルディングという狙いもありますが、まぁ、職場の外で思い切り体を動かして、日々の疲れを発散してもらうのもいいんじゃないかと(笑)。明るく楽しい職場じゃないと、『やってやるぞ!』という気持ちになりませんからね。守山工場は守山市主催のお祭りや文化祭にも出展するなど、地域に根差した活動にも力を入れているんですよ」
スポーツ・デー、3つ目の種目は綱引き。参加者全員が真剣に競技に取り組み、楽しんでいる
時折湧き上がる歓声を気にしながら、会場で社員へのインタビューを続けた。次に話を伺ったのは、Sourcing(購買)& Operational Excellence(業務改善)のマネジャーだ。
彼はかつて食品会社で商品開発の仕事をしていたが、サプライチェーン関連の仕事のスキルをより深めたいと守山工場に転職してきた人物。購買の仕事は、いかにも、一般の人がイメージする原液工場らしい。
「原料の品質も含めた大きな枠の中で購買条件を決めていくのが、私の仕事です。具体的には値段、リードタイム、契約関係といったことになりますが、難しいのは日本固有の原料やパッケージの購買には、コカ・コーラ社が世界で蓄積してきたノウハウが使えないことですね」
Sourcing & Operational Excellenceマネジャー
それに加え、「トクホ(特定保健用食品)」や「機能性表示食品」の原料調達も、特許や権利が絡むケースが多く複雑だという。
「コカ・コーラ社はGFSI(グローバル食料安全イニシアチブ)(*1)が認証した会社のみから原料を購買しているので、取引したい会社がGFSIの認証を受けていない場合、認証を受けるための条件を整えていくことも私の仕事になります」
購買の仕事の醍醐味は、どんなところにあるのだろう。
「私が決めた購買条件が会社の利益に直結してしまうわけですから、特に金額面はシビアに見ています。裏を返せば、購買は会社の利益に直結しているからこそやりがいを実感しやすい仕事でもあるのです。150円の原料を100円で買えればそれだけで50円の利益を出せるわけですから、目に見えて利益貢献をすることができる。そこが購買の面白いところです」
転職を決めたときの目的は達成できたのだろうか。
「そうですね、前職では商品設計の段階までしか携われませんでしたが、今は製造から販売の手前まで関わることができています。日本企業は組織的に動くことが多いですが、守山工場には個人が主体的に動ける職場環境があるので、自分の業務範囲の前後の工程と積極的に関わるような取り組み方もできるのが嬉しいですね」
次は、現在は、原液が入ったドラム缶の工場への搬入、搬出の管理をする「フィリングルーム」の製造リーダーを務めている男性に話を聞いた。以前、土木会社で働いていたというが、現在の製造部門の仕事についてはどのように考えているのだろうか。
「私は原液を充填するドラム缶を『ワッシャー』という装置で洗浄する仕事と、原液を充填した後の工程を担当しています」
製造部門 液体グループ チームリーダー
前職では、戸建ての建築をやりたかったにもかかわらず大きな施設の建設作業が多く、仕事の成果に感動できることが少なかったと彼は言う。
「下水処理場や病院などが完成しても、最終的にその建物を利用する人の顔を見たり、お話を聞いたりする機会もなく、やりがいを見出すことが難しかったんですよね。今は、世界的な飲料ブランドの原液の製造にたずさわって、日本中のお客様に必要とされていると実感できますし、この工場が止まったらボトリング工場に原液の供給ができなくなるから、絶対に操業を継続しなくてはならないという使命感があります。知り合いから仕事内容を聞かれても、日本コカ・コーラの原液工場で働いていると胸を張って言えますね」
守山工場で働く人々に共通しているのは、確実に原液を供給しなければならないという強い使命感である。それは、工場全体から感じられるモラルの高さの源泉でもあるのだろう。
体育館では、スポーツ・デーがたけなわである。最後に、人事部の山家由美子に感想を尋ねてみた。
「今回のイベントは若い社員が中心になって企画を練ってくれましたが、予想以上の盛り上がりですね。これからも、若者が積極的にリーダーシップを取れる、よりオープンな環境をつくっていきたいと思っています」
スポーツ・デーの会場であるマリオットホテルの体育館を出ると、目の前に広大な琵琶湖の湖面が広がっている。そういえば、守山工場は日本コカ・コーラの工場であると同時にCPSという組織にも属している。CPSとはCommercial Products Supplyの略で、世界に19ヵ所ある原液工場を運営しているグローバル組織だそうである。工場長の梶原は日本におけるCPSのGM(ゼネラル・マネジャー)でもある。
「グローバル組織の一員であるということは、守山工場が世界に直結していることを意味します。たとえば、私の直属の上司はシンガポールにいますし、守山工場からアトランタのザ コカ・コーラ カンパニーに異動することもあり得ます。つまり、この工場から世界に羽ばたいていける機会はたっぷりとあるということなのです」
なるほど、この琵琶湖へと続く平坦で穏やかな風景の中に建つ工場は、日本コカ・コーラの核であると同時に、世界と直結したグローバルな工場でもあったのだ。
*1 GFSI……小売業、メーカー、フードサービス業など、業種の枠を超えて食品安全専門家達が集まり、共に食の安全に取り組んでいる国際的な団体。
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